戦後70年の正月に聞いた話


戦後70年、戦中戦後の話を聞くことも少なくなったが、正月にその機会があった。

「海で遭難した人を助けるときは注意しないといけない。手をつかんだ瞬間に死を迎えることがあるからだ。」

その港は日本海側にあった。戦後まもなく、気象情報や航海術が発展していない中、沖合で船が難破することが、よくあったという。

船の異常を知らせる汽笛が鳴ると、村人は救助のために浜に向かう。やっとのことで岸まで辿り着いた船員を助ける時、手をつかんだ瞬間に死を迎えることがある。だから、救助には細心の注意しなければいけないというのだ。

救助された船員を家に迎え、宿として提供した際、その中に船長がいたことは一度もなかったそうだ。船長は船と一緒に沈まねばならない時代だったからだ。

やがて難破した船の積荷が浜に上がってくる。食糧難の時代、大量の鰊やみかんなどを集めにいくのは子供の仕事だったそうだ。さらに、集めたものを盗もうとする輩を見張るのも子供の仕事。

その海には戦争が終わっても海に機雷が浮いており、興味本位で触ってしまった子供が亡くなってしまったこともあったそうだ。

海難、食糧難、そして機雷。今の時代からは想像もつかないが、平和を幸福に思わねばならないと改めて思った。