井上雅博論のようなものの一部 ~15期連続無敗の男~


早いもので、ヤフーの元社長だった井上雅博氏(井上さん)がこの世を去ってから、3年と3か月が経った。

市井では「趣味の人」なんて評価も出ているようだが、経営者の評価として定量的に注目すべきは、通期決算発表が15期連続無敗(増収増益)だった点ではないかと自分は思う。無配ではない、無敗である。株式公開した1997年以降、2012年に社長を退任するまで、無敗だった。その間、インターネットバブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災も起きている。

インターネットの波に乗った、ブロードバンドの波に乗った、と外部要因を引き合いに出す声もありそうだが、少なくとも2000年代までは、日本にもインターネットポータルサイトや検索サイトと呼ばれるものが、複数存在し、競い合っていた。

自分は2002年にヤフーに入社し、2008年~2012年の間は、小僧ながら、井上さんと種々の会議でご一緒する機会にも恵まれた。

井上さんについては、濃淡はあるにせよ、皆、「頭のいい人」「すごい人」という言葉で表現することが多い。しかし、偉人に対する遠慮なのか、具体的に何がすごかったのかを明示的に示しているものは、殆どないようにも思える。マネジメントの仕組みにしても1万円以上は社長稟議だったとか、その程度のことしか語られていない。

15期連続無敗だったマネジメント手法はプログラマでもあった井上さんが書いた最高のプログラムの一つであったのではないかと思うことがある。その中には、何か一般化できる要素もあるのではないかと思い、一部書き残しておこうと思う。


井上雅博論のようなものの一部 ~15期連続無敗の男~

1.組織のマネジメント

2.提供サービス・ビジネスのマネジメント


1.組織のマネジメント

  • 結果の徹底した共有 ~社員向け決算説明会の開催~

2002年に入社して最初に驚いたのは、四半期毎の外部向けの決算説明会の後、夕方から社員を大フロアに呼んで、再度、決算説明会をしてくれたことだった。今思えば、毎回自分の通信簿を見せるようなものであるし、1時間前に話した同じ内容をまた話すなんて、普通ならやりたくないイベントだったと思う。だが、井上さんは毎回やってくれた。キャッシュフローを「おサイフの中身の増減」と、簡易な言葉で表現しながら、床に体育座りしている若者たちに向かって、ゆっくりと丁寧に説明してくれた。「シェアードバリュー(価値観の共有)」が語られがちな昨今だが、井上さんは「結果の共有」を徹底していた。

井上さんは、諺をボソっと言うことも多かった。その中の一つ「門前の小僧習わぬ経を読む」。

  • ロジックベースで話す ~巧みな「井上語」使い~

井上さんの近くで働いている人の何割かは「井上語」を話すようになる。

井上さんは、どんな相手にでも「●●がありますね。そこに●●を加えると●●になりますね。」ゆっくりとロジックを順序立てて、話していた。決して、早口で畳みかけない。だから井上さんと話した後は、皆、合点がいった顔をして帰る。そして、そんなことを何回か体験しているうちに、周りの人間は、井上さんと話し方が似てくるのだ。それだけ、聞く人が分かりやすい話し方をしてくれる人だった。

  • 人に任せられる組織設計 ~任せるところは任せる~

井上さんはプログラマ出身だけあって、組織設計においては、各事業部・本部が自立して稼働するような設計を強く意識していたように思う。結果、問いかけに対しても、「その件はAに聞いておいて」という対応を聞く機会も多かった。そして、当のAさんに聞きに行って対応が意の沿わないとき、井上さんに文句を言うと「Aは信念の人だからねー」と、嫌味なく交わすのであった。

「蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)」、これも井上さんがたまに口にしていた諺である。

  • ポジティブシンキング ~ウイットと笑いのセンス~

暗いことは言わない、話には適度なウイットを入れる。これは会話のセンスとしか言いようがないかも知れないが、暗い話題でも暗いままで終わらせることは少なく、途中途中にウイットを入れ、そして、笑いを取るセンスに長けていた人だった。社長である以上、厳しい面もありつつ、最後は優しく見守ってくれていたように思う人が多かったのはそのせいではないかと思う。井上雅博の経営で、模倣不可能な強みを一つだけ挙げろと言われたら、それは、この会話のセンスかも知れない。

2.提供サービス・ビジネスのマネジメント

  • 10%の切り捨てを10回繰り返すと35%になる ~Yahoo! JAPANを一番使っているユーザー~

「Yahoo! JAPANを一番使っているユーザー」これは井上さん自身も時々口にしていたと思うが、本当に何十、何百もあったサービスを隅々まで使っていたかどうかは確かめようがない。だが、ユーザーが一人でもいるサービスには、何かしらの価値があると考えていたようだ。「10%の切り捨てを10回繰り返すと35%(0.9の10乗)になる。だから安易なサービスの切り捨てはいけない」と。数学科出身らしい井上さんならではの言葉だと思うが、違った見方とすると提供するインターネットサービスを分散型のポートフォリオのように考えていたようにも見える。

<補足>その後、デバイスの変化、カテゴリキラーの登場への対応については、賛否の分かれるところであると思うが、ブラウザ上で展開されるサービスについては少なくとも上記のような考え方があったと考える。

  • サーバのキャパシティは10倍 ~サービスを停止させない~

現在のクラウドの時代ではあまり考えにくいが、2000年代前半のインターネットサービスはアクセスが集中すると結構簡単に落ちた(サービスが停止した)。Yahoo! JAPANのサービスも落ちることがあった。当時はネットワークエンジニアがサーバを担いでデータセンターに増設に行っていたと記憶しているが、その時の掛け声は「キャパ(キャパシティ)を10倍にしろ」だった。

コンピュータの黎明期からコンピュータに触れ、マシン語も読める井上さんが、10進数で指示するなんて、随分と大雑把だなと思ったものだが、10倍と言われば現場は分かりやすく、10倍で落ちたのならなんとなく納得がいく。実際、サーバ関連の稟議については、優先順位を上げていたように思う。

もう一点、大事なことはYahoo! JAPANの提供するサービスのビジネスモデルの多くは広告モデルであった点だ。サーバが落ちることは、広告の在庫切れを意味する。資本効率の最大化だけを考えれば、需要に合わせて適量のサーバを増設するのが正しい。一方、サーバを10倍も多めに増設することは未使用のサーバリソースが発生する可能性を内包するが、サーバが落ちた際の顧客(ユーザー)の失望、そして、広告出稿主が他の媒体にスイッチするリスクを逓減することができる。

ページビューを商品在庫と考えると、商品棚に在庫が常にあることの意義について、深く思考していたのではなかろうか。

  • 細かいところは個別対応 ~事前対応コストは、事後対応コストよりも高くつく~

プログラマ出身だけに、バグのないプログラムを作ることが、ほぼ不可能であることを認識していたからか、ビジネスの設計においてもメインのプログラム書いてから、エラーの処理を考えるように、現場にも指示していたように思う。

「全部対応しようとして作るからダメなんだ。細かいところは個別に対応でいいんだよ。」

一般的に事前対応コストは対応範囲が広範囲に渡るため、対応範囲が確定している事後対応コストよりも高く付く。コストには当然時間も含まれる。井上さんは、判断軸を資本の効率活用・経営スピードといった点に置いていたように思う。

<補足>内部統制にかかわるようなところでは、当然、上記は適用されない。

  • 本質以外の優先順位は下げる ~スルー力(するーりょく)~

前項の事前対応コストの話にも関連するが、井上さんは、まず主目的の骨格を作り、補集合に関しては優先順位を下げて、考えていたフシがある。優先順位を下げられたほうからすれば、悔しいことこの上ないが、社長の仕事の一つは全体最適を行うことである一方、一点突破を指示するのも社長の仕事である。結果、神の声のようなステークホルダーからの要望にも、横道にブレることなく、主目的に向かってビジネスを推進することが出来たのではなかろうか。

  • 先に穴を掘るな ~キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)への意識~

新規ビジネスの審議をしていたとき、井上さんが発した言葉で印象的だったのは「先に穴を掘るな」の一言だった。要するにP/Lの前半に大きな凹み(ヘコミ)を作るな、という意味だった。資金の回収サイクル、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)については、強烈に意識して内部の仕組みを作っていたように思う。ひいては、それが、強烈なキャッシュフローを生み出す源泉となっていたのではないだろうか。

<補足>下請法については、順守していた。

  • バリューチェーンにおける立ち位置を見極める ~スマイルカーブへの深い洞察~

現在は、事業内容も関係子会社の布陣も随分と変っているが、かつて、ヤフーの営業利益率は50%を超えていた時代があった。インターネット関連事業におけるスマイルカーブ(上流と下流の利益率が高く、中流過程は儲からない)を深く考えていたのではないかと思う。まずはユーザーの支持を得ることで、スマイルカーブの右側、右側に行く。ヤフーのリーチ(ユーザー接触度)が圧倒的であった背景には、そんな井上さんの深い洞察があったのではないかと思う次第である。

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